ITベンチャーやエネルギーベンチャーと50年の計
ここ暫く、色々と戦略を練ることに時間を多く割いている。戦略構想の出発点として、自分自身やTeamの比較優位は何か、Identityは何か等、時間を見つけては色々と思いを巡らせる。思考実験の一環で、Long TermのIndustrial Trendを考えてみたりもする。
Long TermのTrendと言って最近真っ先に思いつくのは、エネルギー問題である。直近の各種バブル的現象はご愛嬌として、エネルギー問題を突き詰めて行くと50年の計に辿りつく。再生エネルギーの本格利用や分散発電体制への移行など。おそらく、当方自身が現役である時代には決して終わらない時間軸で、今後社会全体が様々な利害関係を乗り越えながらTransformationを進めていくだろう。現在、我々はその入り口にいる。
新たな水素製造手法を考案したと主張する起業家も、植物を食べてエタノールを吐き出す特殊な菌を土の中から偶然発見したと息巻く起業家も、水素社会の出現や生物由来燃料の大規模利用社会の出現を念頭に事業を興している。そこには、上記TransformationのEnablerたろうとする気概、即ち今後50年かけて「化石燃料を大量消費する社会」に続く「持続可能な社会」を設計する、という大義名分が読み取れる。個々のベンチャー企業のActivityは、この50年の計の文脈上で大方読み解くことが出来る。
ひるがえって当方のもう1つのCover分野であるIT分野での50年の計とは何だろう。過去、アラン・ケイがDynabookを提唱し、SunはThe network is the computerと言った。いずれもその後具現化し、デバイスもネットワークも一定のレベルまで来た。次に目が行くのはデータと関数の分野だろう。Googleが先鞭をつけた感があるが、データという意味ではビット列でモデリング可能な現実社会の各種情報範囲がどんどん拡大していく。関数という意味では、Procedureを一意的に定義可能な情報処理プロセスを超えて、洞察やひらめき等の人間固有な知的営みをも処理対象とする努力が続けられる。データの蓄積は力技。知的処理もある意味力技である。膨大な因果関係の蓄積から帰納的にルールを導き出し、利用可能な計算処理量のキャパ増大に比例して知的めいた処理が次第に実現して行く。力技で進められるのであれば、意思と時間があれば物事は前に進む。
今後50年かけて、我々はあらゆる情報をビット列に変換して蓄積し、且つより知的な情報処理マシンを作り出そうとする。このマシンから得られる恩恵は自明のようにも見える。人間を単純な記憶活動から完全に解放し、少なくとも事前にProcedureを定義づけられる分析仕事は全て機械の領分になる。分析業務・情報の抽出業務・帰納的推論・反証の探索等、大半の知的処理を機械が担うようになり、我々の知的活動は以前の世代の数世代分を数日でこなすようになるかも知れない。自動車や航空機の登場で、我々は以前の世代の何世代分もの移動距離を数日でこなすようになっている。同じようなスケール感で、知的処理の速度が劇的に向上するかも知れない。
無論、これら環境の出現は負の側面もあろう。19世紀の初頭、産業革命初期のイギリスで手工業者が工場の機械を打ち壊して回ったように、単純知的労働者(??)がどこかのタイミングでデータセンター周辺でデモ行進するのだろうか。全ての人間が、機械ではReplicate出来ない人間固有の創造性を発揮しなければならないのだろうか。最早人間の知的処理業務と呼べなくなった業務から追い出された人間は、どこに向かうのだろうか。手工業者が工場労働者として吸収されて行ったように、現在の知的労働者を吸収する新たな業態は出現するか。するとしたら、どんな様相だろう。。。
今後、このようなTransformationの痛みを伴いつつも、ITの進歩は我々の知的活動の速度や範囲・ボリュームを大幅に高めて行き、人間として取り組むべき事柄の範囲を再定義して行く。現在のホワイトカラー層の仕事の相当部分を代替して行き、人間自身はまた別の役割を担う道を模索して行く。これが当方から見たIT業界の50年の計である。
エネルギー関連ベンチャーが「持続社会の設計」という命題を抱えているように、IT関連ベンチャーは潜在的に「Post産業革命時代の新社会設計」という命題を抱えていると思う。個別ITベンチャーの試みを、この文脈から捉えていったらどのような風景が見えるだろうか。

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