働くということ
ここ半月ほど色々と立て込んでいて、Blogを更新出来ずに経過してしまった。月初の米独立記念日の連休にカナダに旅行に行っていたことも立て込んでいた原因の1つではあるが、仕事関係が色々と詰まっていることが主な理由である。
幾つかの仕事が重なり、会議やConf-Callが続き、夜間~早朝にかけて各種Documentationを繰り返す。集中して仕事に取り組むと、いつしか仕事に没頭して時間の経つのも忘れる。朝から仕事に打ち込み、気がつくとあっという間にランチ。そして夕方。夜にDocumentationに着手して色々とシナリオを練って書き進めて行くと、いつの間にか明け方になっていたりもする。体は疲れるが、精神的には少し高揚し、何とも言えない充実感に包まれる。
意義ありと自らが思える仕事に打ち込み、時間の経過も忘れるほど没頭する。そして、何らかの区切りというか結果を得る。且つそのプロセスを経ることで、自らの成長も実感出来る。おそらく、この充実感に勝る幸福はなかなか無いだろうと思う。
当地で成功した起業家やVCの中には、十分な資産を築いた後も充実感ややりがいを求めて全力で事業や投資案件に打ち込み続けている人間がごろごろしている。Serial Entrepreneurが何度も苦労して長時間労働を経てゼロから事業を興し続けていたり、十分な名声を得た著名VCが新分野の投資を始めるにあたって超人的な勉強量をこなしている姿を見るにつけ、働くことは生活の糧を得るためのみにあらず、という言葉の意味を改めてかみしめる。
また、自らの充実感という目的以外にも、社会への関与という意味でも働くことの意義はおおいにあろうと思う。地球の歴史45億年の計から見ればほんの一瞬に過ぎないたかだか70年~80年という期間この地上に滞在する者として、社会に何らかの自らの足跡を残したい・何らかの貢献をしたいと願うのは自然な欲求であろうし、その足跡を残す1つの有力な手段として「働く」ということがあるのだろう。そして、本来この欲求は保有資産の量とは全く関係が無いだろう。IT分野で十分な富や名声を築いた著名VCが、地球環境問題に対する対策という意義をベースにClean Energyベンチャーへの投資を進めている現象には、単にClean Energy分野が投資分野として有望であるという判断を超えたMissionaryなモチベーションが背後にあると思われる。
充実感と社会への関与。少し大袈裟に言えば、仕事によって生かされているという言い方が出来なくもない。そんな青臭いことを普通に思い起こさせてくれる環境がここにはある。

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