日本に帰って来て、「シリコンバレーでVCをしていました」と言うと「ハンズオン投資ですか?」などと聞かれる場面がまだあり、この単語は懐かしいというか戸惑うというか。前に何度も書いたような気もするが、ハンズオン・ハンズオフという選択肢がVCにあると考えること自体がおかしな話である、ということを以下改めて残しておく。
まず前提として、どのような事業であっても利益の源泉は何らかの価値や機能の提供であり、その利益水準は発揮した機能の価値とその価値の市場での供給量(競合)等によって決まる。そして、VC業も無論営利事業なのであるから、この法則がそのまま当てはまる。売れる価値が無いと本来VCも飯を食うことは出来ないし、自分が投資出来るDealのQualityは自分が提供出来る価値のQualityとほぼ比例する。大した価値発揮もしていないのに投資「出来る」案件があるとしたら、それは元々儲からない内容のDealか若しくは余程ラッキーな投資かのいずれかだろう。そして、後者が続くことは確率論的にありえない。
シリコンバレーはある意味フェアな世界で、ちょっと頑張ってあちこちから情報を集めると、ほぼあらゆる投資案件や有望企業の情報が普通に手に入る。が、その有望企業を「知っていること」と「株主になれること」との間は恐ろしく遠い。そして、肌感覚として当方が駐在していた過去4年半は、World Wideの過剰流動性の影響もありつつ「シリコンバレーの有望案件に投資したいと思っている投資家のリスクマネー総額」が「優秀なタレントや有望な事業機会が必要としている資金量」を遥かに上回っていた。感覚論だが、20対1とか30対1とかのボリュームギャップがあったのではないかと思う。要は、投資資金を持っていても、100人中95人~97人はまともな投資案件にありつけず、起業家に金を受け取って貰えない。金はCommodity、希少なのはTalent。金は投資のGameにエントリする為の入場料に過ぎず、そこでPlayする為には金「以外」に何が出来るか、そしてどんな能力を提供出来るかを磨いて提案して、投資家間の倍率数倍から数十倍の競争を勝って起業家に自分を「選んで」貰わなければならない。起業家やベンチャーに提供出来る「能力」が己の持つ「商品」であり、その「商品」を換金する為に投資をする。そして、起業家側はそのVCの「能力」が会社の成長にとって有益と思うからこそ、虎の子の株を投資家に渡す。投資家グループや社外取締役にアホを混入させると場合によっては会社の成長にとって致命傷となるから、彼らの投資家選びは真剣そのものである。
従って、VCの投資戦略とは自らのアイデンティティを問うことであり、その問いかけへの答え探しはある意味自分探しの旅に出ることを意味する。自分自身や組織の価値や差別化要因、即ち何が人と違うのかという点の明示化がポイントである。自分の投資先リストは自分自身を映す鏡であり、自分の実力以上のDealに投資出来ることは基本的には無い。従って、投資Performanceを上げるには、「今そこにあるDealに投資をする」というよりは、「やや無理めのDealを取りに行くべく汗をかき、投資後も汗をかいて筋トレを続ける」のが正しい行動パターンとなる。
ビックカメラとヨドバシカメラとコジマとヤマダ電機が並んでいる通りの真ん中に新しい家電量販店を出店して、「うちは定価販売でポイントも付きませんし商品の説明もアフターサービスも別に普通です」と涼しげにのたまった後、店の中に静かに佇んでいる店長がいたらどう思うだろう。「ありえねー」という反応が妥当であろう。「ハンズオフ」と言っている人はこれに近い。一方、ハンズオンと自称している人は、「うちは値引きもそこそこやるしポイントもつけます、すごいでしょ」と言っている人と等価である。かかる主張に対しては、「でもそれだけじゃ皆やってることだし、ヤマダやコジマには勝てないんじゃないの? で、貴店の売りは何?」と反応するのが自然だろう。
要はハンズオンもハンズオフもない。ビックとヨドバシとコジマとヤマダに勝つか棲み分ける戦略を考えて実行する、ということ。VCとして起業家に「差別化要因は?」と問うているのと同じ問いを自らに投げる。それだけのこと。
無論、金融危機を経て、現在は「カネはCommodity」と言えない状況が出現して、今は場合によってはVC-起業家間の力関係に変化が生じているのかも知れない。しかしそれでもVCとしてどんな価値提供が出来るかがポイントということは変わらないだろう。以前よりもカネに希少価値が生まれているとしたら、金策に困るのは起業家もVCも一緒。VCは起業家へのpitchに加えてLP(VC Fundへ投資を行う資金の出し手)へのFundraiseのpitchがより重要な仕事となり、そこは確かな実績と明確な投資戦略が求められる世界。VC Fundへの資金の出し手のRisk Appetiteが以前より細っている中でVC間でLPの資金を奪い合う構図という意味で、ここでもVCは自らの価値を激しく問われることになろう。
長くなったのでこの辺りでやめておくが、要は、環境がどうなろうと、VC業を含めてどんな事業であろうと、Free Lunchは無いという大前提は変わらないということである。なので、「ハンズオン投資ですか?」と聞かれても答えようがなくて困ってしまうのである・・。